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15. 翁長雄志『戦う民意』

沖縄には戦後日本が抱える多くの問題が詰まっている。国と地方、大和と琉球、戦勝国アメリカと敗戦国日本……。とりわけ沖縄の基地問題について多くの人が考えることは、日本の民主主義の成熟につながるのではないだろうか。 今年は、非常に多くの著名人が亡くなったように感じる。亡くなった順に、私の知る範囲で挙げると、西部邁、大杉漣、スティーヴン・ホーキング、高畑勲、西城秀樹、樹木希林、小田裕一郎等々。その中の一人に前沖縄県知事の翁長雄志がいる。 私が彼の本と出会ったのは少し不思議だ。今年も8月に入り、日曜日になんとなくブックオフに入って、翁長雄志の『戦う民意』を見つけた。私は沖縄の問題を知らなければならないと思いつつ、今まで遠ざけて来たように感じ、なぜか急に向き合わなければならないという責任感に苛まれ、そのままレジに向かったのだ。そして帰宅後すぐに読み始め、ちびちびと毎日読んでいた3日目の夕方、著者の訃報を聞いたのだ。何かこれは深い因縁のようなものを感じてしまう。 それはさておき、『戦う民意』について。 この本は、他の政治家の本と同じく、翁長前知事自らの考えや出自について記されている。 沖縄の保守派の政治家の家庭に育ち、自らも保守系議員として那覇市議会議員から政治の道を歩み始めた。そして2014年に沖縄県知事に選出された。 このとき、翁長雄志は分断した沖縄を辺野古新基地建設阻止によって一つにしたいと考え、「オール沖縄」をスローガンに掲げて選挙戦に挑み、知事選挙を圧勝した。 その後は官邸へ辺野古反対の要望をしに行ったり、4度の訪米で米国政府に直接辺野古新基地建設を止めるよう訴えたりした。 さて、ここで沖縄の基地問題の歴史を振り返ってみたい。

14. 苫米地英人『スピリチュアリズム』

霊能者たちの言うスピリチュアリズムには問題がある。その考え方を突き詰めれば、オウム真理教の「ポア」の思想につながってしまうのだ。では正しい教えとは何なのだろうか。  今年に入り、1995年に始まったオウム事件の裁判が全て終結した。テレビや雑誌ではオウム事件関連の話題が何度か取り上げられていた。オウム事件を追い続けているジャーナリストの江川紹子は、2018年3月26日号の『AERA』に寄せた記事おいて、事件が起きた当時の状況を次のように振り返っている。 〈凶悪事件に関わった者たちも、入信前は、ごく普通の若者だった。むしろまじめに生き方を考える青年たちで、大人たちから見ると「いい子」が多い。  彼らがオウムに入ったのは、バブル景気のまっただ中。札束が飛び交う金満社会の片隅で、本当の豊かさとは何かを考えたり、精神世界に真の幸せを求めたりする人たちもいた。また、『ノストラダムスの大予言』は売れ続け、テレビで霊能者ブームが起きた。〉(『AERA』2018年3月26日号、32頁)  そして江川は、警察による捜査には問題があったと指摘し、後世への教育の必要性を訴える。 〈早い時期に捜査が尽くされ、犯人が突き止められていれば、教団はそれ以上暴走するまでもなく、解散となっただろう。松本サリンや地下鉄サリンなどの事件は起こりようがなかった。それなのに、警察の捜査の問題が究明されずに終わったのは、納得しがたい。〉(『AERA』2018年3月26日号、34頁) 〈悲劇を繰り返さず、虚偽情報の拡散を防ぐためにも、オウム事件を通してカルトの怖さや手法を若者たちに伝え、身を守る知恵を得られるようにしてほしい。なぜ教育の場で、そうした情報を提供するようにしないのだろうか。〉(『AERA』2018年3月26日号、34頁)  地下鉄サリン事件が起き、オウム真理教の幹部らが逮捕・指名手配され、時は21世紀になると、テレビをつければ江原啓之や細木数子といった人たちが頻繁に出てきた。彼らは、視聴者の涙を誘うような話をするが、その世界観はオウム真理教のそれと通じるところがある。  彼らの言うスピリチュアルとは何であるか。江原啓之は「スピリチュアルな八つの法則」として、次のように示している。  一 スピリットの法則  二 ステージの法則  三 波長の法則  四 ガーディアン...

13. ラッセル『哲学入門』

目の前のテーブルの本当の色や形を知ることはできるのだろうか。  あけましておめでとうございます。もう平成も30年になってから2ヵ月以上が経ってしまった。今日は東日本大震災からちょうど7年経った3月11日。復興が着々と進んでいるとの報道があるが、皆さんはいかがでしょうか。  私は年末から年始にかけて少し時間があったので、哲学に熱中していました。特に認識論と心の哲学、様相論理学、ドイツ観念論です。アリストテレスのカテゴリー論や実体論も少しだけかじった。それらの成果の一端を、何回かに分けてお見せしたいと思っている。 〈理性的な人なら誰にも疑えない、それほど確実な知識などあるのだろうか。この問いは、一見難しくなさそうに思えるが、実は最も難しい問題の一つである。〉(9頁) 目次 第1章 現象と実在 第2章 物質は存在するか 第3章 物質の本性 第4章 観念論 第5章 面識による知識と記述による知識 第6章 帰納について 第7章 一般的原理の知識について 第8章 アプリオリな知識はいかにして可能か 第9章 普遍の世界 第10章 普遍に関する私たちの知識 第11章 直観的知識について 第12章 真と偽 第13章 知識、誤謬、蓋然的な見解 第14章 哲学的知識の限界 第15章 哲学の価値 書誌情報 『哲学入門』 The Problems of Philosophy 著者:バートランド・ラッセル Bertrand Russell 2005年3月10日 第1刷発行 First published 1912. Second Edition 1998. 訳者:高村夏輝 発行者:熊沢敏之 発行所:株式会社 筑摩書房 印刷所:三松堂印刷株式会社 製本所:三松堂印刷株式会社 ISBN:978-4-480-08904-7 関連書籍 戸田山和久『知識の哲学』 プラトン『テアイテトス』

12. 吉村昭『三陸海岸大津波』

6年前の大震災で東北の太平洋岸一帯は津波に襲われ壊滅した。テレビではリアルタイムでがれきや泥の混じったどす黒い泥水のうねりが人家を襲う様子が映し出された。この映像を観た当時の私は、東北はなんて運が悪いのだろうと思った。ところが歴史をふり返れば、三陸海岸は昔から何度も巨大な津波に襲われてきたのだ。  2017年の大晦日である。私にとっては様々な出来事を経験した一年だった。印象深いのは、11月の初旬に岩手県と宮城県の沿岸の被災地の復興を視察したことだ。岩手県宮古市から宮城県仙台市まで車で南下したのだが、神秘的な紅葉の美しさの向こうではいたるところでショベルカーが動き、ダンプカーがひっきりなしに行ったり来たりしていた。復興事業はいまでも続いているのだ。  私と似たようなことをかつて私と比べられないくらい深く行ったのが、吉村昭である。彼は昭和40年代に、明治29年の明治三陸地震、昭和8年の昭和三陸地震の証言を記録し資料を収集した。その結果がこの『三陸海岸大津波』(原題は『海の壁――三陸沿岸大津波』)である。  本書には昭和三陸地震を経験した子どもたちの作文が載っているので、一つ紹介したい。 〈  つなみ 尋三 大沢ウメ    がたがたがたと大きくゆり(揺れ)だしたじしんがやみますと、おかあさんが私に、 「こんなじしんがゆると、火事が出来るもんだ」  といって話して居りますと、まもなく、 「つなみだ、つなみだ」  と、さけぶこえがきこえてきました。  私は、きくさんと一しょにはせておやまへ上りますと、すぐ波が山の下まで来ました。  だんだんさむい夜があけてあたりがあかるくなりましたので、下を見下しますと死んだ人が居りました。  私は、私のおとうさんもたしかに死んだだろうと思いますと、なみだが出てまいりました。  下へおりていって死んだ人を見ましたら、私のお友だちでした。  私は、その死んだ人に手をかけて、 「みきさん」  と声をかけますと、口から、あわが出てきました。〉(122-123頁)  この文はあどけない少女が書いたような純朴なことばで地震と津波の様子を伝えている。ここで、この作文が7年近く前の3・11での映像や証言とよく似ていることに気づく。いわば、歴史が繰り返されたことが窺える。  私たちは歴史から何も学ばなかったのだ...

11. 佐藤優『3.11 クライシス!』

2011年3月11日、戦後日本は危機に陥った。原発事故は作業員たちに対し、敗戦より続いてきた生命至上主義という思想を超えるよう要求した。あの3・11によって、日本の社会と国家は変わるのか。どのように変えるべきか。  2011年3月11日午後2時46分、三陸沖を震源とする日本観測史上最大規模の地震が起き、発生した巨大津波が東日本の太平洋岸を襲った。死者・行方不明者は1万8千人余り。福島の原子力発電所では歴史的な重大事故も起き、いまなお事故状況の調査や損害賠償が続けられている。  最近、東日本大震災や原発事故関連の書籍を読み漁っている。各新聞社が当時こぞって出した写真集を眺めたり、小出裕章の『原発のウソ』や広瀬隆の『福島原発メルトダウン』といった一般向けの原発関連本、それから当時政府にいた菅直人や細野豪志の著書などを読んだ。今回はその中でも、佐藤優の『3.11 クライシス!』を取り上げる。  まず佐藤優という著者について、私は数年前に書店の店頭でその名と顔を知った。ギョロッとした目をしているその顔は、すごく印象に残ったことを憶えている。ただそれからというもの、私は彼の著書をあまり読んでいない。読了したものを挙げると、池上彰との対談本『新・戦争論』と『僕らが毎日やっている最強の読み方』、マルクスの『資本論』の講義録である『いま生きる「資本論」』くらいである。ところが私は、彼の見解や意見を頻繁に見聞している。雑誌とラジオという媒体によってである。  彼の仕事量は凄まじい。私の知る限り、ラジオは文化放送の「くにまるジャパン」やニッポン放送の「高嶋ひでたけのあさラジ!」、雑誌は『週刊東洋経済』や『週刊文春』をはじめとして、手に取った雑誌のどこかには佐藤優のページがあるというくらいの人気ぶりである。その内容は、政治や外交についての時評や本の紹介が多い。外交官だったという経験を活かしたその見識は、外交や安全保障の分野のエキスパートとして現在では宮家邦彦と並んでメディアでは重宝されている。  そんな彼があの東日本大震災を受けて何を考えたのか、その記録が『3.11 クライシス!』である。本書は、3・11直後の3週間に各種メディアで公表された佐藤優の論考集となっている。2章立ての構成になっていて、Ⅰ章はライブドアニュース、つまりインターネットで公開されたもの、Ⅱ章は新聞や雑...

10. プラトン『パイドン』

魂は不死である。知を愛する者だけが、肉体と魂が分離したのちに神々と交わり真理を得る。ゆえに真の哲学者ならば、死を恐れるのでなくむしろ死を求めるのである。  ぼくが思想的に最も影響を受けた人はプラトンである。プラトンとの出会いは高校で倫理の授業を受けたとき。この倫理の授業は大変ワクワクした。生と死について、社会や国家について、自然や世界の真理について、子どもの頃から自分ひとりで考えていたことが、歴史上多くの人も考えていて、世の中はおもしろい考え方に溢れていることを知った。  それから大学に入り時間ができて、プラトンの著作に手を出すと止まらなくなった。『ソクラテスの弁明』『饗宴』『プロタゴラス』『国家』などの対話篇を読み漁った。ただ哲学は専門ではなかったので、理解のほどは大変怪しいが。  プラトン(紀元前427年-紀元前347年)は、人類の文化に多大な影響を与えた者のうちでも、最大の人であった。彼は老年のソクラテスに感化され哲学の道を歩むことになり、師ソクラテスの学究方法である対話の形式で数多くの著作(対話篇と呼ばれる)を残し、その中においてイデア論をはじめとする様々な学説を唱えたことは、広く知られていることである。また、彼がアテナイ郊外に学園アカデメイアを開設したことや、何度かシケリアに旅行して知的な交流を行ったこと、シュラクサイの政治家ディオンと交友し政治的な期待を寄せていたこと、彼の著作は現在主に初期・中期・後期の3つに分けられてしばしば論じられることなど、彼を知る上で述べるべき事柄は少なくない。ここでは彼の主要な学説である想起説とイデア論について、『パイドン』での議論を確認してみよう。  『パイドン』の概観はこうである。まず本著作は、プラトン独自の思想・哲学が展開され始めたとされる中期対話篇に分類される。場面設定は、ソクラテスの刑死の当日の昼に行われた議論について、パイドンがそのときをふり返ってエケクラテスに語るという形式となっている。副題は「魂について」であり、内容は死に際して魂(プシュケー)が不滅であることをソクラテスが証明していくというものである。証明は大きく分けて3つ、あるいは4つ示される。その中の一つに想起説による証明があり、また別にイデア論を用いた証明も述べられる。  想起説とは何か。それは、学習とは想起(アナムネーシス)であり、〈もし...

9. リンカーン『リンカーン演説集』

誰しもが偉人と認めるリンカーン米大統領。彼の偉大さは、貧しい出自から努力して大統領にまで上り詰めたことのみならず、南北戦争という国難の克服や奴隷の解放を成し遂げたことにある。政治や国家、リーダーシップについて想う際、アメリカ大統領の原像としてのエイブラハム・リンカーンのことばを振り返ることは、いつまでも有用であり続けるだろう。  トランプが新たにアメリカ大統領になってから8ヶ月が経とうとしている。その間には様々な出来事があった。TPPからの離脱、イスラム諸国からの入国制限、アサド政権へのトマホーク攻撃等々。近頃は朝鮮半島の危機が続き、トランプも圧力をかけてはいるものの北朝鮮の核・ミサイル開発が一段落してしまい、国際世論は対話・平和路線、つまり北の核兵器保有容認の流れになりつつある。日米はこの流れに抗うことはできないだろう。  時評はさておき、トランプの所属する共和党で初の大統領であるリンカーンの話をしよう。彼といえば、奴隷解放宣言や「人民の、人民による、人民のための政治」と言ったゲティスバーグ演説が有名である。ただリンカーンといえばコレといった、教科書的脊髄反射的な答えを述べればよいといった理解ではなく、その背景を少し確認してみたい。 ジョージ・ピーター・アレクサンダー・ヒーリー 画, Abraham Lincoln , 1869年  リンカーンの主要な業績は奴隷解放であるが、アメリカ合衆国の奴隷制度は、白人がヨーロッパから渡ってきた直後から始まった。白人入植者たちはインディアンを殺害するなどして追っ払い、やがて植民地であることに嫌気がさして、ついにイギリスに対する独立戦争(革命)を始める。そして1776年にアメリカ独立宣言を行うが、その中で「われわれは、以下の事実を自明のことと信じる。すなわち、すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられているということ」と謳った。この「すべての人間」の範囲について、白人の他に黒人も含めるのかどうか議論の的になった。  リンカーンは言う。「われわれの国家(ガヴァメント)が建設された折には奴隷制度が布かれていました。われわれはある意味で奴隷制度の存在を黙認せざるをえませんでした。一種の必然であったのです。われわれは戦争を経、しかるのちに自...

8. 柳沼重剛『ギリシア・ローマ名言集』

教養がある人とはどのような人か、という問いには様々な答えがある。ある者は古典文学や芸術、歴史について博識であることだと言う。またある者は品位や人格が優れていることだと言う。いずれにせよ教養人と見られるために多く用いられるのが、昔の作家や政治家や思想家といった有名人たちのことばである。そしてとりわけ欧米人にとっては、古代ギリシア・ローマの名言が重要であり続けた。  本書では、ギリシアとローマの337の名句について、出典や解説を付して紹介されている。前半をギリシアの部、後半をローマの部として、それぞれの名言に見出しをつけて五十音順に並べてある。ぜひ通読することをおすすめしたい。  私の気に入った格言を5つだけ書き留めておこう。 〈〖うまれないこと〗 4 人間にとっては、生まれぬこと、太陽の光を見ぬこそよけれ。 バッキュリデス『祝勝歌』第五番160〉(12-13頁)  少し病んでいるかもしれないが、感受性豊かな人は共感できる名言だと思う。齢を重ねていくと生をより肯定していき、生の終わりが近くなると逆に死を肯定するというのが、一般的な人間の死生観の変遷だと思う。しかしこれとは別に、「生まれぬこと」は幸福でありよきことであるという考えも、洋の東西を問わず存在し続けて来た。ただバッキュリデスの時代以降、ギリシアやローマ、ヨーロッパ諸国、アメリカでは、生死の議論は退いて、知の主軸はもっぱら死後の救いの話や現世でのあり方、物理世界の解明などの方向へ移っていったが、インドでは生死や苦の感覚を基に、仏教理論を発展させ、改変されながらも中国、朝鮮を経て日本へと渡来した。ところが欧米と同じく現在の東アジアでも、生死についての話題は主流ではない。 〈〖たえる〗 68 現在の難儀もいつの日かよい思い出になるであろう。 ホメロス『オデュッセイア』第十二歌212(松平千秋訳)  海上を放浪するオデュッセウスの一行が、一難去ってまた一難とつづくので、兵士たちが心身ともに疲れ果てて、絶望状態に陥ってしまったとき、オデュッセウスがこう言って彼らを励ます。〉(46頁)  いつか言ってみたいセリフだ。 〈〖きょう〗 49 (今日という)日を摘み取れ。 carpe diem. ホラティウス『詩集』第一巻11.8〉(105頁)  ロビン・ウィリアムズが...

7. 戸部良一・寺本義也・鎌田伸一・杉之尾孝生・村井友秀・野中郁次郎『失敗の本質』

今から70余年前、日本は十五年戦争に負けた。ではなぜ敗戦したのか。資源の不足、無謀な開戦、兵站の軽視、米国の陰謀など、様々な理由が現在に至るまで語られてきた。たしかにこれらの説明はそれぞれ納得できる部分があろう。しかし本書では失敗の本質をあえて、日本軍という組織に求めようと試みる。  年の数え方にはその国のあり方が反映されている。我が国は古来より、他の漢字文化圏の国々と同じように元号が用いられてきた。また神武天皇の即位したとされる年を元年とする皇紀何年という紀年法も明治から敗戦まで使われていたことから、日本が天皇中心の国家であり続けてきたことが窺える。  ところで、神武天皇即位紀元とバトンタッチするようにして戦後広く普及した紀年法として、西暦がある。これはイエス・キリストが生まれた翌年を元年(紀元)とするものであるが、明治になって西洋を見習えということになってから徐々に用いられるようになり、第二次世界大戦後に一般化したようだ。  以上のように、現在の日本で使われる紀年法は元号と西暦であるが、実はもう一つあるのではないか。「戦後」という年号が。  今年は戦後72年である。しかし巷では未だに先の大戦の話をしている。朝鮮の従軍慰安婦、南京大虐殺、首相の靖国神社参拝等々。また米軍基地問題や領土問題、昨今話題になりつつある核兵器保有問題など、国の安全保障に起因する問題の多くは先の大戦の結果に起因している。つまり私たち日本人は戦後ずっと大東亜戦争のことを議論し続け、これからも当分は敗戦国の民であることを前提として政治を考えなくてはいけないのである。そのような意味で私たちはアジア・太平洋戦争についてよく学ばない限り、現在の状況の多くを理解できないし、またこれからのことを実質的に考えることもできないのである。  今回取り上げる『失敗の本質』は、旧日本軍の組織が実際の作戦でどう機能したのかについて、特に失敗した作戦の結果を研究・分析し、戦中から戦後にかけて変わることのない日本の組織の弱点について考察し、それに対する処方箋を出している。 目次 序章 日本軍の失敗から何を学ぶか 一章 失敗の事例研究  1 ノモンハン事件――失敗の序曲  2 ミッドウェー海戦――海戦のターニング・ポイント  3 ガダルカナル作戦――陸戦のターニング・ポイント  4 インパ...

6. 萩原清文『好きになる免疫学』

アレルギーはなぜ起こるのか。一度はしかに罹ったりワクチンを打ったりすると、なぜもう罹らないのか。一方でインフルエンザのワクチンはなぜ何度も打たなくてはならないのか。これらの謎を解くキーワードが「免疫」なのである。  風邪にかかる。つまり風邪ウィルスが体内に侵入する。すると体内の細胞が風邪ウィルスを攻撃する。そして風邪が治る。この一連のプロセスが免疫だ。  では、この免疫のしくみを顕微鏡から少し覗いてみよう。キーワードは「自己」と「非自己」。  風邪などの外部からやって来たウィルスを倒すのは、マクロファージやB細胞と呼ばれる体内の白血球だ。しかしこれらの白血球だけでは、ウィルスを倒せない。彼らにウィルス撃退を指令し、援助する役割を担うのがヘルパーT細胞だ。  まず、マクロファージやB細胞が我々の細胞を食べる。その際にその細胞の断片をヘルパーT細胞に見せびらかす(抗原提示)。この提示された細胞片について、ヘルパーT細胞は自己の細胞か否かを調べ、非自己であると認識した際に、サイトカインという物質を放出するのだ。このサイトカインを受け取ったマクロファージやB細胞、あるいはキラーT細胞がウィルスや感染した細胞を次々に殺害するのである。  ちなみに、他人の臓器を体内に移植した場合に拒絶反応を示すのは、移植された臓器を免疫が「非自己」と認識・判断し、攻撃してしまうからだ。  臓器移植の問題もあるが、別のやっかいな問題も起きる。このような免疫のしくみが、自己の細胞を攻撃してしまうのだ。これがアレルギーの正体なのである。  そもそも細胞において「自己」と「非自己」を決めるのは何か。外部からやってきたウィルスは、体内の細胞に寄生する。そして細胞内で増殖する。その際、その細胞核の遺伝子を改ざんしてしまう。この際に「自己」が「非自己」になる。  ではなぜウィルスに感染していない「自己」の細胞を免疫が攻撃してしまうのか。これは免疫細胞に問題がある。  免疫細胞は体内で作られるが、そのプロセスにおいて「自己」を攻撃しないようにしている。例えばT細胞は、胸腺と呼ばれる臓器でつくられるが、そこでは約97%ものT細胞が殺される。「胸腺学校」は怖いのだ。  以上のようなことは、本書を読めば誰でも語れるようになる。また本書は医学部の参考書にも指定されていると聞いたこと...

5. 遠藤功『ざっくりわかる企業経営のしくみ』

経営やマネジメントについて、起業家や経営者はもちろん、ふつうのサラリーパーソンでも偉くなってくると、嫌でも知っていなきゃいけなくなる。ぼくは大して偉くもないが、ふとマネジメントに興味を持ったので、何事も基本からということで本書を手に取った。  トヨタ自動車やソニーのような会社はなぜ存在しているのか。  あらゆる企業がその存在を許されているのは、世の中に対して何らかの付加価値を生み出すからである。企業や人々はこの付加価値に対価を支払うことで、付加価値を生み出した企業は利潤を得る。それを再投資することで競争相手に対して優位性を構築することができる。  この優位性の構築にとって重要なのが、人、モノ、金、情報といった経営資源を傾斜配分することである。限られた経営資源をあれもこれもと振り分けていては、ライバルとの競争に負けてしまう。資源配分は傾斜させてこそ意味がある。  日立が復活した理由もここにある。  かつて韓国勢などの台頭により収益低迷に喘いでいた総合電機メーカー・日立製作所は、2009年3月期には日本の製造業としては過去最大の7,873億円もの赤字を計上し、「沈む巨艦」と揶揄されていた。  そこで日立の経営陣は経営の柱を「社会イノベーション事業」と位置付け、それに合致した事業のみを選択・強化した。テレビの自社生産からの撤退やハードディスク駆動装置事業の売却に踏み切った。また何でも自前で行うのが日立流だったのだが、必要に応じて他社との連携を進めるという脱自前路線を明確にした。例えば火力発電設備事業について、これまでライバルであった三菱重工業との事業統合を決断した。  こうした選択と集中によって、日立は11兆円(2007年3月期)を超えていた売上高を9兆円(2013年3月期)にまで圧縮し、毎年5,000億円を超える営業利益を生み出すようになった。  様々な経営者の格言に感銘を受けたり、週刊経済誌に目を通してビジネスの流行をチェックするのも大事だが、いま一度経営の基本に立ち返ってみるのもよいだろう。 目次 Ⅰ 変わり続ける時代の企業経営 Ⅱ 強烈な経営理念が組織を動かす Ⅲ どこで、どのように戦うかを定める――戦略のマネジメント Ⅳ 「売れるしくみ」をつくる――マーケティングのマネジメント Ⅴ 戦略を実現する組織を設計し、運営する―...

4. 網野善彦『歴史を考えるヒント』

日本という国の名前が決まったのはいつか。この素朴な問いに答えられない人は多いだろう。ぼくもそうだ。ではどうして答えられないのか。学校で使われてきた日本史の教科書がけしからんのではないか。しかしそれを問う前にまず、日本について知る必要があるだろう。  この網野善彦による『歴史を考えるヒント』については、 石村清則 や 當山日出夫 、 木偶 、 hachiro86 など数々のレビューがすでにネット上にあるので、ぼくがわざわざ書くこともないかもしれない。だから網野善彦の本を今回初めて読んだという、網野史学ど素人のぼくは、ただ思いついたことをだらだらと書く。  そもそもぼくがこの本を知ったきっかけは この動画 で取り上げられていたからである。そこでは網野善彦の本文と與那覇潤の解説の内容を、東浩紀と河村信が褒めていた。それを見たかつてのぼくは、早速Amazonで注文したものの、積読(つんどく)状態になっていたのだ。今回本書を手に取った理由は、最近山本七平の『現人神の創作者たち』を少し読んでいて、日本について興味があったからだ。  結論から言うと、『歴史を考えるヒント』はとてもおもしろく、ぜひ多くの人に薦めていきたいような本である。1997年に新潮社主催で行った連続講座での内容をまとめたということもあり、読者に優しく語りかけるような文章で、大変読みやすかった。一方で内容はというと、「百姓」ということばには本来「農民」の意味はなかったとか、13世紀以降の農本主義と重商主義の対立とか、衝撃的でありかつ日本史に対して別の見方を示すものであり、自分が知っていたことと全く違う世界に出会うという読書の醍醐味を味わった気がした。  網野はまず、「日本」という国名についてから話を始める。「日本という国名が決まったのはいつなのかといいますと、現在の大方の学者の認めるところでは、浄御原令(きよみはらりょう)という法令が施行された689年とされています。」(15頁)対外的には、それまで「倭」と言っていたのが、702年に遣唐使の粟田真人(あわたのまひと)が当時の周の皇帝・則天武后に対して「日本」の使いであると述べた。  ここで、「日本」ということばの意味について考える。「日本」ということばの背後には、ほぼ確実に「日出づるところ」という意味がある。この「日出づるところ」とは東の方角のこと...

3. シェイクスピア『マクベス』

ダンカン王が殺された。その犯人は、マクベス。3人の魔女の予言に呪われたスコットランド王の悲劇。  正直に白状すると、ぼくは小説や戯曲など文学の類をほとんど読まない。子どもの頃からそうだった。  だが評論や随筆などを読んでいると、往々にして文学的な教養を求められることがある。たとえば「マクベス夫人の手にこびりついた血のように、『アカなるもの』は消去不可能なものとして、この貴公子の目には映っていた」(白井聡『永続敗戦論』225頁)という比喩。  このような表現を理解したり、さりげなく使えたりすると、単純にカッコいい。またそのハイカルチャー的な世界に興味がある。だから少し教養を高めるためにも、今回はシェイクスピアの四大悲劇うち最も短い『マクベス』を読んでみた。  『マクベス』のあらすじを簡単に記す。 テオドール・シャセリオー 画, マクベスと3人の魔女, 1855年  スコットランドの武将マクベスとバンクォーは、手柄を立てて帰還する道すがら3人の魔女に出会う。彼女らはマクベスを「コーダの領主様!」「いずれは王ともなられるお方!」と呼ぶ。一方のバンクォーには「子孫が王になる、自分がならんでもな」と告げる。その後マクベスは、ダンカン王からコーダの領主に任ぜられ、魔女たちの予言が当たる一方で、王は自身の息子マルコムが王位継承者であると公表する(第1幕)。  王になるという魔女の予言にとらわれたマクベスは、夫人にそそのかされつつダンカン王を暗殺し、新しい王になる。ダンカンの息である二人、マルコムとドヌルベインは、安全を求めてイングランドとアイルランドにそれぞれ逃れる(第2幕)。  やがてマクベスは、かつて魔女に「子孫が王になる」と言われたバンクォーが怪しくなり、2人の刺客にバンクォーとその息子フリーアンス殺害を命じる。刺客らはバンクォーを仕留め、フリーアンスは逃がす。その知らせを聞いたマクベスはひとまず安心するも、宮中大広間での晩餐会で、死んだはずのバンクォーの亡霊が自分の席に座っているのを見て発狂する(第3幕)。 テオドール・シャセリオー 画, バンクォーの亡霊, 1854年  心の安定が得られないマクベスは、洞窟で3人の魔女に予言を乞う。すると釜から3つの幻影が現れてこう言う。「気をつけろよ、マクダフに、気をつけろ、ファイフの領主に...

2. 立花隆『政治と情念』

角栄を奪い合う二人の女、眞紀子と佐藤昭。田中眞紀子とは何だったのか。佐藤昭とは何者か。田中角栄とは――。  日本の戦後政治は、ほぼ自由民主党に牛耳られてきた。いわば、ブロンデルのいう「優越政党を伴う多党制」、あるいはサルトーリのいう「一党優位政党制」である。  その戦後日本政治で絶大な存在感を示すのが、政治家・田中角栄である。  角栄は何をしたのか。  彼は、日本の総理大臣になった――。  最終学歴は高等小学校卒業(夜間の専門学校である中央工学校も卒業しているが、庶民アピールの意味も込めて高小卒としていた)でありながら、1957年に39歳で郵政大臣、62年に44歳で大蔵大臣、65年に自民党幹事長、71年に通産大臣に就任し、そして72年、54歳で総理大臣にまで上り詰めた。  宰相の地位に就くために、角栄はカネの力を存分に利用した。立花隆によると、72年総裁選の多数派工作のために使った総額は80億円だそうだ。その際、自身の政治資金団体で集めたお金の他に、保有不動産の売却、例えば東京電力に柏崎刈羽原発用地を売却するなどして、莫大な政治資金を捻出した。  興味深いのは、のちに首相になる中曽根康弘もこの総裁選への出馬を予測されるも、日中国交回復を果たすことを条件にいち早く田中支持にまわり、結果角栄を勝利に導いたのであるが、その際に7億円で買収されたのではないかということだ。中曽根は自身の回想録で、その際の金銭の授受を否定するも、立花は、7億円という金額はともかく、カネを全く貰わなかったというのはありえないという。そしてこの貸し借りは10年もの歳月を経て、82年総裁選に、角栄の支持を得て予備選を勝ち抜いた中曽根が総理の座に就くことで清算された。  コッポラの映画『ゴッドファーザー』では、冒頭にマーロン・ブランド扮するドン・コルレオーネに願い事を頼みに来た男が、お返しにいつか頼みを聞くという約束をして、何十年か経った後、「約束」を果たすためライバルのマフィアの親分の襲撃に加わり死んでいく。 「政治における借りと貸しの清算は、この話に近いところがあるんです。すぐには清算はせまられないが、何年も何十年もたってからせまったりせまられたりするということです。」(140頁)  彼は、日本を土建国家にした――。  角栄といえば、『日本列島改造論』を挙...

1. つんく♂『「だから、生きる。」』

ぼくは、つんく♂の作る曲が大好きである。乙女チックな日常と、地球、宇宙、世界、人生、平和、歴史、愛とが繋がっている歌詞。たとえそれがいくらデタラメでも、自在に操られたメロディーとリズムとハーモニーで、たちまちつんくワールドへ吸い込まれてしまう。  2015年4月4日、母校・近畿大学の入学式にサプライズとして現れたつんく♂は、喉頭がんの手術で声帯(喉頭)を全摘し、声を失ったことを初めて明かした。このニュースはテレビや新聞などで大々的に取り上げられ、ぼくもその日のNHKニュースですぐに知り、衝撃を受けた記憶がある。  つんく♂といえば、シャ乱Qのボーカルで、彼がプロデューサーとして手掛けたモーニング娘。などのアイドルが、今世紀初頭に一世を風靡したことは、現在20代以上の日本人なら誰もが知っていることだろう。  そんなつんく♂が、2014年の10月に声を失ったのだ。なんという悲劇。あんなに歌にこだわりを持っていたつんく♂が、もう永遠に歌えなくなるとは。  本書は、つんく♂が2014年の2月に喉頭がんの診断を受けてから、トモセラピーによる放射線治療、分子標的薬による抗がん剤治療、完全寛解(かんかい)宣言、喉頭全摘手術、近畿大学入学式までの一連の過程について記されている。同時に、1992年の上京からモーニング娘。の誕生、ハロー!プロジェクトの発展、井出加奈子との出会いから結婚、父親になり子育てに勤しむ様子など、彼の前半生が笑いあり涙ありで綴られている。ハロヲタ(ハロプロのファン)ならぜひ一読すべき内容だろう。  そういうぼくもハロヲタの一人なのだが、本書で見つけた興味深いエピソードをいくつか紹介しよう。  まず一つ目は、スマイレージ(現・アンジュルム)のインディーズ3rdシングル「スキちゃん」の歌詞について。結婚して子どもを持ったつんく♂は、「妻は家を守って」という守旧的なスローガンから「ジョンとヨーコみたいに」へと、子育てに積極的に関わり家族との時間を増やすという「人生レボリューション!」を果たした。それから「たまの休日にフードコートでラーメン食って、スーパーで買い物してポイントためるのも、実はロックじゃないか! といつの間にか思うようになっていた」(156頁)らしく、「フードコート」という言葉が歌詞に入ったとのこと。またモーニング娘。の「気まぐれプリンセ...

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こんにちは。ぼくはしょーちゃんといいます。 このブログは主に、ぼくが読んだ本についてあれこれ書くブログです。 これからどんな本を読むか決める際に、あるいは読み終わった本が他人にはどう受け止められているのかを知る際などに、参考になれれば幸いです。 よろしくお願いします。 平成29年5月5日 しょーちゃん