2011年3月11日、戦後日本は危機に陥った。原発事故は作業員たちに対し、敗戦より続いてきた生命至上主義という思想を超えるよう要求した。あの3・11によって、日本の社会と国家は変わるのか。どのように変えるべきか。
2011年3月11日午後2時46分、三陸沖を震源とする日本観測史上最大規模の地震が起き、発生した巨大津波が東日本の太平洋岸を襲った。死者・行方不明者は1万8千人余り。福島の原子力発電所では歴史的な重大事故も起き、いまなお事故状況の調査や損害賠償が続けられている。
最近、東日本大震災や原発事故関連の書籍を読み漁っている。各新聞社が当時こぞって出した写真集を眺めたり、小出裕章の『原発のウソ』や広瀬隆の『福島原発メルトダウン』といった一般向けの原発関連本、それから当時政府にいた菅直人や細野豪志の著書などを読んだ。今回はその中でも、佐藤優の『3.11 クライシス!』を取り上げる。
まず佐藤優という著者について、私は数年前に書店の店頭でその名と顔を知った。ギョロッとした目をしているその顔は、すごく印象に残ったことを憶えている。ただそれからというもの、私は彼の著書をあまり読んでいない。読了したものを挙げると、池上彰との対談本『新・戦争論』と『僕らが毎日やっている最強の読み方』、マルクスの『資本論』の講義録である『いま生きる「資本論」』くらいである。ところが私は、彼の見解や意見を頻繁に見聞している。雑誌とラジオという媒体によってである。
彼の仕事量は凄まじい。私の知る限り、ラジオは文化放送の「くにまるジャパン」やニッポン放送の「高嶋ひでたけのあさラジ!」、雑誌は『週刊東洋経済』や『週刊文春』をはじめとして、手に取った雑誌のどこかには佐藤優のページがあるというくらいの人気ぶりである。その内容は、政治や外交についての時評や本の紹介が多い。外交官だったという経験を活かしたその見識は、外交や安全保障の分野のエキスパートとして現在では宮家邦彦と並んでメディアでは重宝されている。
そんな彼があの東日本大震災を受けて何を考えたのか、その記録が『3.11 クライシス!』である。本書は、3・11直後の3週間に各種メディアで公表された佐藤優の論考集となっている。2章立ての構成になっていて、Ⅰ章はライブドアニュース、つまりインターネットで公開されたもの、Ⅱ章は新聞や雑誌に載ったものである。
本書を読むことで、佐藤優の震災直後の考えが知ることができるのはもちろん、彼の情報加工の仕事ぶりを見ることができる。
ここで、少しでもページをめくれば誰しも思うことだろうが、各記事の内容を比較すると、重複部分が非常に多いことに気づく。何度も登場するネタを列挙すると、以下のようになる。
以上のような内容が本書を読んでいると頻出するので、途中から嫌になってしまう人もいるだろう。私は佐藤優の情報加工術を楽しんだのであるが、もし全部読めないのであれば、『中央公論』の2011年5月号に掲載された「大震災と大和心のをゝしさ」(本書147-170頁)だけ読めば、上に挙げたポイントはほぼ網羅しているので十分だろう。
ここで彼の「福島第一原発事故への対処を通じ、太平洋戦争敗北後の生命至上主義と個人主義をわれわれは既に克服しつつある」(3頁)という見立てについて少し考えてみたい。
確かに思い当たるふしはある。戦後憲法の平和主義に由来するのか知らないが、私たちの多くは戦争や外交についてほとんど無知である。戦争について考えること自体が戦争につながるからダメだという空気を子どもの頃から感じてきた。そしてあたかも平和主義的な論を展開することこそが理性的であるかのように思ってしまう。国家間の関係について、歴史を振り返ったり各国を比較し分類したりする学問があること自体、私は大学に入ってから知った。しかし大学の講義ではそのようなことは教わらず、本で学ぶしかなかった。ところがこのような状況について、別段おかしいとも思わなかった。
そして3・11が起きた。原発作業員は、事故を収束させるため自ら被曝しつつも原子炉に向かった。私たちの国や社会の安全は、命を危険に曝さなければ維持できないことが意識された。それは治安や火災だけではなく、安全保障でも同じなのだと、フクシマを経たいままさに私たちの多くが気づきつつあるように思う。
9条の改憲に対するアレルギー反応が収まりつつあるのは、その兆しかもしれない。憲法を変え、外国の暴力に対して私たちの平和と安全を守るために、命をかけて戦う軍隊を持つんだ、彼らは他国の人々の命を奪うかもしれないが、それでも私たちは軍隊を持つんだと、私たちのことばでしっかり規定することは、戦後の生命至上主義の呪縛から逃れることの象徴となるであろう。
2011年4月28日 第1刷発行
著者:佐藤優
発行者:石﨑孟
発行所:株式会社マガジンハウス
DTP:株式会社マッドハウス
印刷・製本:大日本印刷株式会社
ISBN:978-4-8387-2263-1
ケビン・メア『決断できない日本』
2011年3月11日午後2時46分、三陸沖を震源とする日本観測史上最大規模の地震が起き、発生した巨大津波が東日本の太平洋岸を襲った。死者・行方不明者は1万8千人余り。福島の原子力発電所では歴史的な重大事故も起き、いまなお事故状況の調査や損害賠償が続けられている。
最近、東日本大震災や原発事故関連の書籍を読み漁っている。各新聞社が当時こぞって出した写真集を眺めたり、小出裕章の『原発のウソ』や広瀬隆の『福島原発メルトダウン』といった一般向けの原発関連本、それから当時政府にいた菅直人や細野豪志の著書などを読んだ。今回はその中でも、佐藤優の『3.11 クライシス!』を取り上げる。
まず佐藤優という著者について、私は数年前に書店の店頭でその名と顔を知った。ギョロッとした目をしているその顔は、すごく印象に残ったことを憶えている。ただそれからというもの、私は彼の著書をあまり読んでいない。読了したものを挙げると、池上彰との対談本『新・戦争論』と『僕らが毎日やっている最強の読み方』、マルクスの『資本論』の講義録である『いま生きる「資本論」』くらいである。ところが私は、彼の見解や意見を頻繁に見聞している。雑誌とラジオという媒体によってである。
彼の仕事量は凄まじい。私の知る限り、ラジオは文化放送の「くにまるジャパン」やニッポン放送の「高嶋ひでたけのあさラジ!」、雑誌は『週刊東洋経済』や『週刊文春』をはじめとして、手に取った雑誌のどこかには佐藤優のページがあるというくらいの人気ぶりである。その内容は、政治や外交についての時評や本の紹介が多い。外交官だったという経験を活かしたその見識は、外交や安全保障の分野のエキスパートとして現在では宮家邦彦と並んでメディアでは重宝されている。
そんな彼があの東日本大震災を受けて何を考えたのか、その記録が『3.11 クライシス!』である。本書は、3・11直後の3週間に各種メディアで公表された佐藤優の論考集となっている。2章立ての構成になっていて、Ⅰ章はライブドアニュース、つまりインターネットで公開されたもの、Ⅱ章は新聞や雑誌に載ったものである。
本書を読むことで、佐藤優の震災直後の考えが知ることができるのはもちろん、彼の情報加工の仕事ぶりを見ることができる。
ここで、少しでもページをめくれば誰しも思うことだろうが、各記事の内容を比較すると、重複部分が非常に多いことに気づく。何度も登場するネタを列挙すると、以下のようになる。
- 合理主義、生命至上主義、個人主義という戦後思想の限界を克服しつつある
- 明治天皇の御製(和歌)「しきしまの 大和心の をゝしさは ことある時ぞ あらはにける」にある「をゝしさ」をいまこそ発揮すべし
- 三浦綾子の『塩狩峠』における信夫の死
- 田辺元の『死の哲学』における自己犠牲の死の評価
- 「翼賛体制」を確立せよ
- 「大和魂」で危機を乗り切れ
- 『統帥綱領』にある「大将は動いてはいけない」を菅首相は肝に銘じよ
- ウラジーミル・アスモロフ(ロスエネルゴアトム第一副総裁・クルチャトフ研究所副所長)のインタビュー記事から、ロシアは自国の利益のため日本の原発事故を人災だとするだろう
以上のような内容が本書を読んでいると頻出するので、途中から嫌になってしまう人もいるだろう。私は佐藤優の情報加工術を楽しんだのであるが、もし全部読めないのであれば、『中央公論』の2011年5月号に掲載された「大震災と大和心のをゝしさ」(本書147-170頁)だけ読めば、上に挙げたポイントはほぼ網羅しているので十分だろう。
ここで彼の「福島第一原発事故への対処を通じ、太平洋戦争敗北後の生命至上主義と個人主義をわれわれは既に克服しつつある」(3頁)という見立てについて少し考えてみたい。
確かに思い当たるふしはある。戦後憲法の平和主義に由来するのか知らないが、私たちの多くは戦争や外交についてほとんど無知である。戦争について考えること自体が戦争につながるからダメだという空気を子どもの頃から感じてきた。そしてあたかも平和主義的な論を展開することこそが理性的であるかのように思ってしまう。国家間の関係について、歴史を振り返ったり各国を比較し分類したりする学問があること自体、私は大学に入ってから知った。しかし大学の講義ではそのようなことは教わらず、本で学ぶしかなかった。ところがこのような状況について、別段おかしいとも思わなかった。
そして3・11が起きた。原発作業員は、事故を収束させるため自ら被曝しつつも原子炉に向かった。私たちの国や社会の安全は、命を危険に曝さなければ維持できないことが意識された。それは治安や火災だけではなく、安全保障でも同じなのだと、フクシマを経たいままさに私たちの多くが気づきつつあるように思う。
9条の改憲に対するアレルギー反応が収まりつつあるのは、その兆しかもしれない。憲法を変え、外国の暴力に対して私たちの平和と安全を守るために、命をかけて戦う軍隊を持つんだ、彼らは他国の人々の命を奪うかもしれないが、それでも私たちは軍隊を持つんだと、私たちのことばでしっかり規定することは、戦後の生命至上主義の呪縛から逃れることの象徴となるであろう。
書誌情報
『3.11 クライシス!』2011年4月28日 第1刷発行
著者:佐藤優
発行者:石﨑孟
発行所:株式会社マガジンハウス
DTP:株式会社マッドハウス
印刷・製本:大日本印刷株式会社
ISBN:978-4-8387-2263-1
関連書籍
菅直人『東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと』ケビン・メア『決断できない日本』
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